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映画感想文 ソラニン

2010.05.08 (Sat)

先週、私は久しぶりに映画を見に行った。
最後に映画を見たのは高1の1月頃の『L ~change the world~』
高校時代の私は基本外出をしなかったし、映画館に行くのが正直面倒だった。
だからもうかれこれ2年も映画館に足を運んでいなかった。
この期間に見たい映画『ライアーゲーム』や『人間失格』などいくつかあったが結局行かず仕舞いだった。
そんな私がどうして今回この『ソラニン』を見ようと思ったのか。
宮崎あおいが好きだから?アジカンの主題歌が気になるから?
まあどちらも当てはまるが二の次である。
これから繰り広げられるであろうキャンパスライフをどんな風に過ごそうか、そのイメージとしてこの映画を見て参考にしようと考えた、と言うと言いすぎなので止めておこう。
大学に入って本格的に音楽をやるために私は軽音部に入部することにした。
この映画の予告やCMを見て、ひたむきに音楽に打ち込むってやっぱりいいなと思いそれに憧れた。
おかしなものだ。
以前の私ならそういう人達のことを馬鹿にして笑っていたはずなのに。
今思えば周りに音楽仲間がいなかったこと、やりたいことが自由にできなかったことへのひがみだったのだろうがもうそんなことはしなくてもいい。
私はネガティブな人間だ。
そしてそこから作る暗い詩やマイナーコードの曲は好きだし、そういう性格を否定はしないしむしろ肯定している。
しかしそれはあくまで詩や曲を作る上でのツールの一つであり自己満足でなくてはならない。
だから日常生活や対人関係に影響してしまうとそれは私の考えるネガティブではなくなってしまう。
矛盾するが、最初はその対人関係が上手く行かなくてネガティブの道に走った。
高校時代もそうやって逃げていただけなのかもしれないと今になって思うが、別に過去の自分を責めるつもりはない。
かつての自分がいて今の私があるわけだからソイツを責めることは今の自分を責めることと変わりない。
それに別に悪いことをしたわけではないのだ。
ただ一人で悩んでストレスが溜まって若白髪が増えて、その発散に詩を書き始めたのだから。
それに今はもう髪を染めたし、詩を書くことも楽しい。
どちらかと言うとプラスな面が多いのだから。

14時にバイトを終えてすぐに今里筋線、谷町線と乗り継いで15時に東梅田に到着。
待ち合わせしている友人2人に電話してみると8番出口にいるとのこと。
ちなみに 詩 東梅田駅8番出口はこの日の経緯である。
大学で知り合った映画研究部の友人Nは軽音部で知り合ったGt.Vo担当の友人Tの高校からの友人で、かつてテニス部でペアを組んでいたらしい。
いわゆるトモダチのトモダチだ。
もう一人はNと同じく映画研究部に入部予定の友人NT。
いわゆるトモダチのトモダチのトモダチだ。
友達作りの苦手だった私はこのトモダチのトモダチというカテゴリーが苦手だった。
友人と話をしていたりして横からトモダチのトモダチがやってきたりするともう駄目で友人を盗られるような疎外感に襲われるのだ。
しかしまあ、大学とは不思議なところである。
あれだけ友達作りの苦手で人見知りがちな私でも誰とでも話せて友達になれてしまうのである。
トモダチのトモダチもトモダチのトモダチのトモダチも今は友人である。
トモダチがいよいよゲシュタルト崩壊しそうな頃、大阪出身のNにチケットだけ買って映画が始まるまでの間に梅田を案内してもらう。
さすがに梅田は俺の庭だと言うだけあって詳しかった。
兵庫のど田舎出身の私とNTはただ大阪の都会っぷりに唖然としながら人ごみを行く。
17時前、再び映画館に到着しポップコーンとジンジャエールをもって席に着く。
祝日とはいえ夕方のこの時間帯は意外と空いていた。
映画館独特の暗い感じと全方向から包みこむように聞こえる音声は久しぶり過ぎてなんだか懐かしかった。
約5本ほどの劇場予告、9月上映のBECKは見たいと思った。
そして本編が始まる。
あ、ネタバレしないようにがんばります。

この映画に出てくる人達は特別な才能があるわけではないし、好きなことさえしていればそれでいいなんて許されない現実の中で生きている。
毎日がつまらないOL、食べていけるだけがやっとのフリーター、仕方なしに実家を継いだり大学6回生だったりとはたからみて決して幸せそうではない。
こういう人々は今の時代はたくさんいるし、私がそうなることだってなんら不思議ではない。
ごくごく普通の人達だけに彼らひとりひとりに感情移入してしまう。
ただ何となく生きていたり、現実逃避のために音楽を続けている点では私も同じようなことをしているし、第一この台詞は自分が言われているようだった。

好きな音楽で誰かに批判されるのが怖いんだよ。評価されて初めて価値が出るんじゃん。


高3の文化祭に弾き語りで出演するチャンスがあった。
もちろん、オリジナルをやってもよかったが、私はそれを諦めた。
オリジナル曲は現在18曲、そのうち自信を持って歌えるのはせいぜい5曲。
その5曲だって完璧であるわけもなく、歌詞もメロディも曖昧な部分が多い。
それでもそれぞれの曲に愛着があり、友人に小馬鹿にされた時は殴りかかってやってもよかったくらいだ。
素人の私が見様見真似で作った曲をちゃんと音楽をやっている人や音楽に詳しい人が聞いたらそれはもう酷いものに違いない。
だから怖くて止めた。
どんなことを言われようともやはり出たほうがよかったのだろうか、自分のためにもこの曲のためにも。

隣でNが実は泣いていることにも気づかず、私はこの映画に考えさせられていた。
私が普段、感動しても泣いたりしないのはおそらく感情が別の方向に派生してしまうからなのだろう。
自分は一体何なんだろう。
音楽をやっているからといってミュージシャンではないし、詩を書いているからといって詩人ではない。
何処にでもいるただの大学生だ。
将来おそらく普通のサラリーマンか何かだろうが、このご時世では就職が難しく雲行きは怪しいらしい。
将来の夢を持ったことがない私は将来、学校の先生になりたいとか、車の整備士になりたいとか、をちゃんと言える人が不思議で仕方がない。
やはり私は嫉妬からそういう人達を馬鹿にしていた。
ただ、私の場合は何になりたいのかというよりも将来どうありたいのかを考えたほうがいいのかもしれない。
どういう境遇であれ、何歳になったとしても笑って生きてたい。
漠然としていながらも将来を考える。
私はそのためにキャリアデザインという講義を取ったのかもしれない。

上映が終わり、アジカンのムスタングと共に流れるエンドロールを私は見入っていた。
というよりは余韻に浸っていた。
まるで羽でも生えたかのように気持ちは軽くなっていて、少しにやついてしまった。
この映画を見てよかったと嬉しくてつい顔に出てしまったのだろう。
帰りは友人とあんな青春を送りたいものだと感想を言い合いながら帰った。

私はこの映画から夢を学んだ。

テーマ : 物書きのひとりごと - ジャンル : 小説・文学

12:43  |  軽音活動とか  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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